第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の山西 恭輔 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、天然物を不斉触媒として開発した研究についてです。天然物は生物活性に注目されることが多く、不斉触媒としての検討はほとんどされてきていませんでした。本研究では天然物の3種のアルカロイドが不斉マイケル反応の触媒として利用できることを報告されました。今回見出した天然物の誘導化による触媒活性の向上や、エナンチオ選択性制御について計算化学による解明も行われています。本研究は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“New Entries in Organocatalysts from an Alkaloid Library; Development of Aminal Catalysis for a Michael Reaction Based on Calycanthine”
Yamanishi, K.; Ashihara, G.; Shiomi, S.; Harada, S.; Kitajima, M.; Takayama, H.; Ishikawa, H., J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 27152–27160. DOI: 10.1021/jacs.4c10242
研究室を主宰されている石川勇人 教授から、山西さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
山西君は、実は私の前任の高山廣光名誉教授から天然物化学の薫陶を受けた最後の学生です。論文を読んでいただければお気づきになるかと思いますが、この研究の出発点は天然物の単離研究にあります。さらに、本論文には、天然物の全合成、その天然物を触媒とした不斉有機触媒反応の開発、加えて計算化学による反応機構の解明など、多岐にわたる内容が含まれています。このように広範な分野にわたる研究を、ほぼ一人で遂行したのが山西君です。
山西君が修士1年の時に私が着任し、それから彼は無駄のない実験と的確な考察により、驚くべきスピードで天然物の全合成、触媒反応の設計、そしてエナンチオ選択性の向上を成し遂げていきました。反応が完成すると、当然のことながら、我々はこの天然物由来の触媒による不斉誘起メカニズムに強い興味を抱きましたが、その解明には実験的アプローチだけでは限界がありました。そこで山西君は、研究室の垣根を超えて原田慎吾准教授の下で計算科学を学び、私には到底理解できない高度な技術を習得し、実践に移しました。そして、従来例のない非古典的な水素結合による反応遷移状態を見事に導き出してくれました。彼が美しい水素結合ネットワークを示してくれた時は、感動すると同時に、彼の卓越した能力に心から驚嘆しました。今後もさらなる活躍が期待できる、非常に優秀でバイタリティあふれる人材です。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
有機分子触媒は、安価、安全であり、無水、無酸素といった厳密な反応条件を必要としないといった利点を持ち、2021年にはノーベル化学賞の受賞対象となっています。これまで開発されてきた不斉有機分子触媒の多くは、人工的に設計、合成されたものですが唯一、 マラリアの特効薬であるキナの木から単離されるキニーネが、1900 年代初頭から不斉有機触媒として機能することが知られています。しかし歴史的に、植物由来の天然物に関する研究は主に医薬への応用に集中していたため、触媒としての機能評価は行われてきませんでした。我々は当研究室の約 500 種のアルカロイドライブラリーの中から新たな触媒機能を持つ天然物を発見し、その触媒機能向上及び解析を行いました。その結果、数多くの天然物が不斉有機触媒として機能することを発見し、その中でも蓬莱葛(ホウライカズラ)から単離されるガルドネリン、下野(シモツケ)から単離されるスピラジンA, 蝋梅(ロウバイ)から単離されるカリカンチンの3つの天然物が高い触媒活性を有していることを見出しました(Figure1)。
そして、今回その中からカリカンチンとその誘導体を用いてさらなるエナンチオ比向上を目指しました。その結果ヨウ素を導入した誘導体を用いて不斉反応を行うとエナンチオ比は96:4まで向上しました(Figure 2)。これまでにカリカンチンに類似する不斉有機触媒は開発されておらず、当研究室の天然物ライブラリーから新しいモダリティの不斉有機触媒を見つけ出すことに成功しました。
本反応の遷移状態を計算科学によって求めるとアミナール部位と基質との水素結合だけでなく、アミナールC-Hと安息香酸からなる非古典的な水素結合を含んだ、4分子間の水素結合ネットワークが明らかとなりました(Figure 3)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
最も思い入れがある点は反応系の設定です。天然物が持つ弱い水素結合を反応の触媒として利用しようとしたためか、天然物が触媒として作用して反応が進行する系を見つけるのが非常に難しく、条件設定の段階でかなり苦戦していました。特に、反応や基質が単純であるほど反応が進行しにくく、たとえ反応が進んでも、不斉がほとんど誘起されない状況が続きました。今回は、オキシインドールの影響でエノール体がNMRでも観測できるような1,3-ジカルボニル構造を持つ基質と、求電子性の高いニトロスチレンを用いることで、ちょうど良い反応系を設計することができました。これらの基質には、水素結合を形成できる部位が多く、オキシインドールのPMB基やニトロスチレンのPh基による立体障害があるため、天然物をスクリーニングする際にエナンチオ比の差が出やすくなったのだと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
遷移状態の計算です。研究室に計算を専門とする人がいなかったため、千葉大学大学院薬学研究院薬化学研究室に所属する原田慎吾先生に、構造最適化や簡単なDiels-Alder反応の遷移状態の求め方から教えていただきました。紙の上で考えた遷移状態や分子模型での予想とは、計算で得られる遷移状態が全く異なっており、当初は大いに苦労しました。特に今回の遷移状態は4分子が関わっているため、可能性のあるパターンが非常に多く、一つ一つの選択肢を検証して潰していく作業が大変でした。しかし、計算科学のスペシャリストである原田先生が一緒に考えてくださったおかげで、約2年かけて実験結果と合致する遷移状態を導くことができました。
さらに、カリカンチンの抽出から全合成、反応開発、そして遷移状態の計算まで、有機化学のさまざまな分野を一つの論文にまとめることも大変でした。多くのことを詰め込んだため、論文化までにかなりの時間を要しましたが、これらすべての要素が揃っていたからこそ、論文投稿やプレスリリースの発表が実現したのだと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
製薬企業の研究職として、新薬の研究開発を行う予定です。研究室での最先端を追い求める研究もとても楽しく充実していましたが、直接人々の役に立つような研究ができることがとても楽しみです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。振り返ってみると、今回の研究のターニングポイントには、さまざまな方々のアドバイスや支えがあったことを強く感じます。学士、修士、そして博士課程の学生であっても、一人でできる研究には限界があります。だからこそ、「自分は自分が知らないことを知っている」という言葉を胸に研究室の先生や仲間、そして時には研究室の垣根を越えて知識を得ることの重要性をお伝えしたいと思います。
最後になりますが、自分に化学の面白さを教えてくださった高山廣光千葉大学名誉教授、計算科学を一からご指導いただいた原田先生、天然物のスクリーニングを手伝ってくれた芦原君、NMRや細かなデータ解析を手伝ってくれた北島先生、そして今回の研究を継続させて頂き、サポートしてくださった石川先生に、この場をお借りして深く感謝申し上げます。また、普段の研究生活を支え、いつでも気軽に飲みに付き合ってくれる研究室の仲間たちにも心から感謝しています。さらに、このような素晴らしい機会を与えてくださったChem-Stationのスタッフの皆さまにも、厚くお礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:山西 恭輔 (やまにし きょうすけ)
所属:千葉大学大学院医学薬学府先端創薬科学専攻
略歴:
2020年3月千葉大学薬学部 卒業
2020年4月千葉大学大学院医学薬学府総合薬品科学専攻 入学
2022年3月千葉大学大学院医学薬学府総合薬品科学専攻 修了
2022年4月千葉大学大学院医学薬学府先端創薬科学専攻 入学